2015年9月17日木曜日

ヨーロッパの金融危機の実態

戦後、ヨーロッパ諸国が作り上げた最も重要なグループは「欧州連合」(EU)だ。これはヨーロッパ諸国をまとめて政治的・経済的に一つの市場を作り上げよう、というもので、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、スペインなど27力国が加盟している・域内で人とものとサービスと資本が自由に移動できるようにしようというのが大きな目的となっている。EUには司法・立法・行政に及ぶ独立した組織があり、広範な権限を有している。27力国の政府はそれぞれ主権を保持しているが、EUは各国政府から権限を委譲された部分について権限と責任を持つ。組織的にみると、政策を執行するのが欧州委員会で、そこが提出した法案を上下院から成る欧州議会と各国大臣から成る欧州理事会とが共同で決定する、という手順を経る。

EUには約5億人が住む。経済面ではGDPで世界のおよそ4分の1を占め、アメリカに匹敵する規模を有している。そしてEUの一環として生まれたのが、統一通貨「ユーロ」だ。現在17カ国が使用している。オーストリア、ベルギー、キプロス、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロバキア、スロベニア、スペインである。イギリスやスウェーデンなどの10力国はEUには加盟しているが、通貨としてのユーロは使用していない。ユーロを管理しているのはドイツのフランクフルトにある「欧州中央銀行」(ECB)。ECBはユーロに関する金融政策を担っている。

ここで、ヨーロッパの金融危機がどのようにして起きたのかを簡単に振り返っておきたい。大きく言って二つの問題が引き金となっている。一つは、先述したアメリカのサブプライムーロ11ンの問題がヨーロッパに飛び火した、というもの。本来、ヨーロッパの銀行がアメリカで住宅ローンを出す、などということはまずないことだ。遠い外国の一軒一軒の住宅の価値など判断できないのだから当然である。そこでどうしたかというと、アメリカの金融機関が国内の住宅ワーンをまとめて証券にして、格付けを取得したものを買ったのだ(実際にはデリバティブが使われたのでもう少し複雑であるが、基本はこういうことだ)。

しかしアメリカの住宅バブルが崩壊したことで、それらの証券の価値は暴落してしまった。そのためヨーロッパの銀行が巨額の損失を計上し、資本が毀損してしまった。ヨーロッパの多くの銀行が影響を受けたが、特にイギリスの銀行が大きくやられた。例えば、イギリス最大手の銀行グループRBS(ロイヤルーバンク・オブースコットランド)は2008年に大きな打撃を受け、自力での回復が不可能になった。現在同社の株式の84パーセントはイギリス政府が保有している。つまり国有・国営銀行になったということだ。

そして、ヨーロッパの金融危機の、より直近かつ重要な問題は、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルといった国の政府が、急速に借金(国債)を増やしていったことである。これらの国の国債が急速に増えたのには、三つの原因がある。一つは2002年から2008年にかけての世界的な金余りだ。ジャブジャブになった資金が行き場を失い、一方では不動産バブルを作り出し、一方ではギリシャやアイルランドの国債の購入に使われた。二つ目には、統一通貨ユーロとなったため、リスクは小さいと錯覚された、ということがある。これがドラクマ建て(ギリシヤの前の通貨)だったら、通貨が紙切れになったら困る、ということで容易には貸さなかっただろう。その国のローカルの通貨での借金の場合、借り手の政府は、いざというときには札をどんどん刷って(貨幣価値を下げて)返済する、という裏わざがあるからだ。