2013年7月9日火曜日

世界中へ広がるユーロ安の波紋

その結果、この章の冒頭で述べたように一〇年五月以降、ユーロ全体がメルトダウン(炉心溶融)しかけた。ユーロは〇八年七月には一ユーロ=一一八ドル台の最高値を付けた後、リーマンーショツク後のドル不足によるドルの反発で一・ニドル台半ばまで下がったものの、〇九年秋にかけて持ち直し一・五ドル台に上昇した。リーマンーショツクに示される米金融資本主義の限界が指摘され、ドルに代わる基軸通貨としてのドルに脚光が当たったからだが、ギリシヤに端を発した金融動乱はすべてを押し流した。

ユーロは一〇年六月初旬にはドルに対し一ユーロ=一・ニドル割れまで売り込まれた。ユーロは同じ時期に対円でも一ユーロ=一一〇円割れまで下落し、〇八年八月には一七〇円寸前の最高値を付けていたのがウソのようである。一〇年六月の時点では、「ユーロの過大評価の是正が起きている」といった指摘が、金融関係者の間で合一日葉のように交わされている。為替の変動は世の常である。とはいえ、ユーロ圏の債券・株式・銀行資産の合計額は〇八年には六兆五千億ドルと、米国の五兆六千億ドルを上回っている。ユーロ圏のGDPが米国より小さいことを考慮すれば、グローバルにみてユーロ建て資産への選好が強まっていたことがうかがえる。世界の外貨準備に占めるユーロの比率も、ユーロ発足時の一七・九%から〇八年には二六・九%となり、その間に八・六ポイントも上昇した。

ユーロという通貨制度が積み木の家だったことがハッキリしたことで、こうしたユーロの評価の流れが逆転しようとしている。ドルの基軸通貨体制が脅かされずに済むと考えれば、米国にとってほっと一息だろうが、ユーロ安が貿易に及ぼす影響をみると、人の不幸は蜜の昧とばかりは言っていられない。このままユーロ安・ドル高が加速すれば、五年間で輸出倍増を目指すオバマ政権のもくろみは外れ、外需に頼む米経済に陰りが差しかねない。むろん欧州景気が落ち込めば、米国向け以上に対欧輸出が多い中国にも響く。中国は〇八年夏以来、人民元をドルに連動させていた。ドルがユーロに対して上昇している結果、人民元もドルにつれ高し、対ユーロで上昇している。米国は中国に人民元相場の柔軟性を高め、ドルに対して上昇させるよう求めているが、欧州の金融動乱は米中間の通貨外交にも微妙な影を落とす。

不動産のバブルを抑制しようと金融の引き締めを模索する中国にとっても、欧州発の金融混乱は想定外だろう。中国は一〇年六月に人民元相場の対ドル固定を緩め、再び変動させ始めたが、今後の相場切り上げのピッチを占ううえでも、不確実な要素が増した。中国など新興国の株価が調整に転じたのも、金融、為替政策のかじ取りの難しさを映している。金融面では欧州の金融機関の海外投融資は日米を大きく上回っている。欧州勢が機能不全に陥れば、グローバルな資金の巡りも悪くなる。米銀は一兆二千億ドルの欧州向け債権を持っているが、欧州との資金のやりとりは双方向である。

米国は大手金融機関の業績が絶好調だが、その高収益は非常時対応の低金利政策という追い風があればこそ。経営姿勢に世論の批判が高まり、一〇年七月には一九三〇年代以来の抜本的改革となる金融規制改革法が成立し金融規制の動きに弾みがついている。金融界を取り巻く雲行きが怪しくなっているだけに、欧州情勢は心理的に重圧といってよい。FRBは一〇年六月の連邦公開市場委員会(FOMC)で米経済のデフレーリスクを指摘した。米国の金融緩和が長引くとみた債券市場では、十年物米国債の利回りが三%を下回る水準まで低下する一方、外為市場では金利の低くなった米国のドルが売られた。主要通貨間の「悪材料競争」となるなか、円は対ドルでIドル=八〇円台後半、対ユーロで一ユーロ=一一〇円近辺と、主要通貨に対し独歩高となっている。日本の金利は非常に低いが、米欧が低金利の仲間入りをしたことで、金利差が縮まった。金利面から円が買われやすくなったというが、何か後講釈めいている。